アポロ11号 という挑戦

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アポロ11号 という挑戦

出典 http://www.v3wall.com

このときの月着陸は冒険物語そのもの

アポロ11号の月着陸の話は1969年。

既にもう半世紀が経とうとしている。あの当時のことを思い出すと、私は高校1年の夏。このアメリカの一大プロジェクトに大いに興奮し、テレビの特番にしがみついて見ていたのを思い出す。

アポロ11号は7月の16日に打ち上げられ、月面着陸は20日、地球に帰還したのは24日である。八日間の宇宙旅行。

打ち上げまでのプロセスは、テレビの特番などで散々紹介されているので、知っておられる方もたくさんいるものと思う。

その中で、1つだけ注目すべきエピソードを挙げるとすれば、それは全世界の人々にいかにしてリアルタイムの映像を届けられるか、そのことに計画のエネルギーのかなり大きな部分を投入していたこと。

振り返ってみても機密事項と呼ばれる事はあまりなかったと思う。

まるでスポーツ番組のライブ映像のように、特別番組が組まれ、私たちは日本にいながらリアルタイムで番組を鑑賞していた。

決して隠密行動で、こそこそしていたのではない。びっくりするぐらいオープンだった。この姿勢があればこそ、計画全体のグレードも上がったものと感じる。

後になってから次々と明らかにされる事実

アポロ11号に搭載されたコンピューターが、今のちっぽけな電卓レベルの能力しかなかったと聞いたらびっくりする人は多い。

結論から言うと、今のようなAIなど全く考えられもしなかった時代。プログラムという言葉ですら、メジャーではなかった。

車や飛行機、およそ乗り物と呼べるものは全て、人間の手によってアナログに操作されるべきものと信じられていた時代。

アポロではそういったものを乗り越えるだけのマニアルが求められたのである。

ロケットの打ち上げのプロセスはもちろんのこと。月着陸船などに用いられる複雑なマニアルは、人力だけでは限界があったのである。

この時アポロ11号に搭載したコンピューターの中でもアラームその他の様々なプログラムをセットしたのは、まだ20代の若い女性であった。

彼女がプログラムを拵えなかったならばアポロ11号そのものも存在しなかったろう。

特に月着陸船は非常にデリケートで、人間のみでは操縦がほとんど無理な代物だった。どうしてもコンピューターによる補助が必要だったのだが、そのコンピューター自体もそれほどメモリに容量があるわけではなく、全く経験のないアラームがなったりもして、計画は常に綱渡りを強いられていたのである。

アポロ11号の月着陸は残りの燃料が25秒分しかなかったと言われている。

船長のニールアームストロングが着陸船のちっちゃな三角窓から見える月表面の様子を目視で確かめながら最後の着陸に至るプロセスは自分自身の経験に基づいて手動で行ったと聞く。

この時アームストロング船長の心拍数は150を超えてマックスに近かったようだ。

心理状態を考えると、月着陸が成功するか失敗するかの間で心は極度の緊張を強いられていたのに違いない。

F1レーサーのアイルトンセナが、スタート直前の心拍数が200近いことを知っている。スタートと同時にその心拍は一気に120〜130に下がっていたと言われている。

このときのF1レーサーの心理状態と極めてよく似ているようなことが船長に起こっていたものと思う。

今振り返ってみても大変なミッションだったことには違いない。

巷では月着陸そのものが作り物ではないかとの様々な噂も流れているが、実際のところは、提供されている様々な映像や、情報に基づいて感じるしかないだろう。

まるっきりの作り物と言うのはちょっと考えにくいかなと。

トムハンクス主演の映画「アポロ13号」

映画好きの人ならばいちどは見たことがあるだろう映画。「アポロ13号」

アポロ13号は、後にも先にもない、曰く付きのミッションだった。

打ち上げ直後に落雷の直撃を受け、命である司令船の使用な部分をあらかた破損してしまって、生命維持装置に重大な損傷を抱えてしまったのである。

信じられないような危険な状況に対して、13号の乗組員はもちろん、地上でバックアップしていたクルーたちも、全力で奇跡を起こすべき努力をした結果、3人の乗組員全員を無事地球に帰還させたのである。

映画で見て、どれほど感動したことか。語られている事は全て事実。そこがすごい。

この13号以降、アポロ計画も少しずつ軌道修正がなされた気がする。

全部で20号ぐらいまで計画があったはずだが、17号で計画終了となったのである。

Twitterでの投稿

まとめ

出典 http://www.junglecity.com

月へ行って帰ってくるというミッション。

出発時のロケット総重量はおよそ3,000トン。しかしながら帰ってくるのは司令船のみでおよそ6トン弱。一体どれぐらいの重量の割合なのだろうか。

総重量に対して回収できるのはわずかに0.2%。

とんでもない話だと思う。この3,000トンの重量も、割合から言えばあらかた燃料が占めるはず。

重量の割合で言うのならば卵と卵の殻よりも脆弱な割合となる。

プロジェクト一回あたりの費用も莫大で、日本円で9兆円と聞いた。

こんな予算を毎年かけていたのではいかにアメリカといえども国家がひっくり返ってしまう。

もう一つ付け加えると、月着陸船がおよそ15〜16トンだったと記憶するが、同じ重さの金よりもお高いと聞いた。

値段のことを気にしていたら、とてもじゃないがこんな計画はありえない。

人間のメンツというのはそれほどまでにカタクナだと言うことか。

アポロ11号の打ち上げ成功の時に、各界の様々な著名人から、お祝いのメッセージが届けられていた。

しかしながら私が知る限り、一点だけ痛烈な批判のメッセージが記憶に残っている。

それはあの当時まだご存命だった数学者の「岡潔」さん。

彼はこの計画を、壮大な打ち上げ花火と言ってぼろくそにコキ下ろしたのである。

「世界中には、ご飯も食べられず命を長らえられない人が山ほどいる中で、1文の得にもならない馬鹿げたメンツ争いを、ここまでやってしまうのか」と、それは聞いていても、鳥肌の立つような激しい内容だったと覚えている。

数ある賞賛のメッセージの中で、1つだけ真逆の意見だった。

しかし私たちは知らなければいけない。

私たちが、今日持っている様々なコンピューターやそのプログラムといったものの発展は、このアポロ計画によってもたらされたものだということを。

この時に様々なテクノロジーが開発され、それは今の時代にしっかりと根付いていることに。

およそ人間が精魂込めてやったことに、無駄な事は基本ないだろうと思う。

今はアポロ計画自体もうはるか昔に終了したわけだし、スペースシャトルも任用期間は終了している。

友人の宇宙計画自体が、宇宙ステーションに人送り届ける位のものしか今はない。

しかしながらこれからは、火星上の有人宇宙飛行計画が予定されているようだ。

およそ1年間の長距離ドライブとなる。

単純に楽しみであると言い切るには、わずかながら恐怖を覚える。

おそらくは命がけの計画になるだろうし、新たに開発されなければならない様々なアイテムやプログラムが必要だろうと思うからだ。

そのどれもが、長いスパンで見るならば技術その他の発展に大いに貢献するはずである。

記事作成はキュレーションサイトでいつもの通りに行っています。

スティーブンホーキング博士の死亡の一報を受けて、知りえている知識をもとにAIに命じて様々な検索を行ってみました。

新たにに発表になった事実を見てみると、さすがに興味深いものがありますね。

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